澤村屋について

店主あいさつ

澤村屋は創業以来、200余年になります。これもひとえに地域の皆様方の長きに渡る温かなご支援の賜と深く感謝御礼申し上げます。飯田の地は、歴史ある“一本桜”が街中に点在することで有名で、中には700年を超える古木まであります。桜は、大和心の象徴ともされますが、私たち日本人はその季節、爽やかな希望とともに不思議と心を晴れやかにさせられるものです。また一片の散りゆくその姿にも言い知れぬ情緒を感じるものです。“きもの”にもどこか似通ったものを感じませんか。我々は、きものを通して日本人としての“心”を伝えることにひとつの使命感を持っております。その中で、常にお客様から愛され、期待され、信頼される店づくりを目指しています。澤村屋も飯田市の一本桜のように、ときに地域の人々に潤いを与える豊かな“心づくり”にお役立てれば幸いです。

創業者は、二代目興四郎。当時の市瀬家の屋号にちなみ、“澤村屋”を創業。創業時は、もっぱら雑貨や紙を商い、呉服を扱い始めたのは天保3年(1832)、三代目の時代。現在の呉服専門店の形態となったのは、明治に入ってからのこと。 以降、2度の大火に巻き込まれる不遇にも耐え、多くのお客様に励まされながら現在に至る。創業以来200余年、山喜の冠が示す“たくさんの喜び”が澤村屋の原点。

会社概要

社名

有限会社澤村屋呉服店

所在地

長野県飯田市知久町1丁目22番地

連絡先

TEL:0265-24-5100(代)
FAX:0265-24-5298

創業

享和3年(1803)

代表者

市瀬 宏道(十代目)

業務内容

呉服全般販売、呉服メンテナンス、和雑貨販売、レンタル業務(振袖、卒業式きもの・袴)ほか

営業時間

10:00 ~ 19:00
定休日:水曜日

沿革

享保18年(1734)

鼎名古熊市瀬家より飯田市知久町2丁目へ出家(屋号澤村屋→初代澤村屋興四郎)

享保18年(1734)

現在地長野県飯田市知久町1丁目にて、澤村屋を創業(二代目澤村屋興四郎)

文政8年(1825)

三代目興四郎就任

万延元年(1860)

四代目(一世)文三郎就任(文之助)

明治26年(1893)

五代目(二世)文三郎就任(菊之助)

昭和20年(1945)

七代目文一就任

昭和22年(1947)

飯田大火にて類焼、8月新築落成

昭和38年(1963)

2階店舗新設

昭和42年(1967)

市瀬史朗(朔夫長男)、京都染色作家小倉建亮入門

昭和48年(1973)

八代目市瀬朔夫就任

昭和50年(1975)

11月1日新店舗落成

昭和51年(1976)

市瀬史朗日本伝統工芸展初入選

平成6年(1994)

九代目市瀬公男就任(文一次男)

平成6年(1994)

十代目市瀬宏道就任(朔夫次男)

平成6年(1994)

市瀬史朗京都府無形文化財認定

きものには、礼儀であったりその人の美意識が生き方同様に表れるものです。澤村屋は’’個性 を ’’魅せる’’お手伝いを真摯にさせていただきます。

時代の流れとともに、日常着から特別な日のこだわり着へと変化してきておりますが、その着姿の奏でる世界観は、日本人誰もにとって“伝統美”という点で共有され、また世界においてもファッション“KIMONO”(=JAPAN)として高く評されております。今や伝統衣裳ともされるきものですが、現在のきものは、振袖、留袖、訪問着といったフォーマルと、紬や小紋といったカジュアルと、大きく2種類に分けられます。いわゆるハレの日に着るきものがフォーマルですが、こちらは伝統の中での正装として、“魅せる”部分を含めてお客様に“似合う”ものを正しい着方とともにご提案したく考えております。一方、普段着るきものがカジュアルとなりますが、こちらは“自分らしさ”を中心に“個性”あるものを自由な着方とともにご提案したく考えております。きものには、礼儀であったりその人の美意識が“生き方”同様に表れるものです。特別な日、人生の節目・・・・・・・・・誕生、七五三、入学、卒業、成人、結婚ほか、そのカタチこそ様々ですが、これらは誰もが幾度かは経験するものです。私たちは、まずはそんなお席に“きもの”を着ることを心よりお奨めいたします。今では日常着られる方こそ少なくなりましたが逆にその分、着た時のご自身の満足度、周囲に与える喜び、また何より思い出の深まりは一層増すはずです。そこにはまた、いろんな“心”が通い合うことでしょう。

京都府指定無形文化財の染色作家’’市瀬史郎’’は、八代目朔夫の長男で、当代宏道の実兄。染める、織る、絞る、描く、摺る…
きものの美しさの影にある知られざる巧みの技と想いとともにご提案いたします。

染める、織る、絞る、描く、摺る、紡ぐ、縫う、彫る…匠とされる伝統工芸の技術は様々です。きものの美しさの影にある知られざる巧みの技と想いとともにご提案いたします。きものの魅力の一つに、高い技術性があります。とくに“匠”と称される者によって作り上げられるその一つひとつには、作品美と合いまった作り手の想いや温もりもあり、総じて着る方の想いを膨らませるものです。美しさの影にあるその世界は、私たちの想像以上に精緻であったり、忍耐力の要る作業の継続です。成体の美とともに、「いかに作られたか」という視点が見る奥行きを深めます。そんな中、“絞る”“染める”この技術を極めた匠に身近な者がおりますのでご紹介させて下さい。澤村屋当代社長の実兄にあたる日本工芸会正会員、染色作家、市瀬史朗です。故小倉建亮に師事、辻が花で有名な絞り染めを習得。日本伝統工芸展には30回入選。奨励賞を2度受賞。平成21年3月京都府指定無形文化財技術保持者に。私たちは、そんな身近な所縁もあり、物づくりの知られざる裏側も含めてご提案させて頂きます。

時代とともに移り行く形があれど、日本を象徴する文化として残り続けるきもの。山喜の冠に象徴されるお客様の“たくさんの喜び”が原点にあり、「尽くす心」「励む心」「感謝する心」は今後とも変わらぬ商いの道として歩んで参ります。

きものの歴史は、平安時代の小袖がそのはじまりとされますが、形を変えながら現在の帯締めや帯揚げを用いた帯結びの形態になったのは、江戸時代後期になります。澤村屋の歴史もまた創業享和3年(1803)とその頃からになりますが、時代の趨勢の中で、きもののあり方同様、澤村屋のあり方も変わってまいりました。当時は1回の仕入れ(名古屋)に1週間から2週間費やしたと記述には残され、またその頃は、長野県下全商店で売上高一位も記録、“呉服なら澤村屋”が地元に根付いておりました。その後、戦争や2度の大火による不遇に巻き込まれながらも、経済成長の追い風時代もあればきもの消費の低迷など、まさに山あり谷ありの中、地域の皆様のご愛顧お引き立てに支えられ200余年、今日も皆様にご案内させて頂いております。時代は変わっても、日本を象徴する一つの“文化”として着物はいつの時代にも残っていくことでしょう。もちろん“着る文化”としてもそうあって欲しいと願います。そこにはたくさんの心があるからです。